普通回路と言えば部品を組み合わせて作るものですが、それと比べてマイクロストリップなどパターンそのものが回路になってしまうのはなんとも不思議な感じがします。その究極は半導体チップのレイアウトではないでしょうか。
基板をデザインして製造することはごく日常のことになりましたが、まだ半導体ではそういうわけにもいきません。なんとしかし、その取り組みが始まっています。金沢大の秋田先生が提唱されているMakeLSIというプロジェクトです。昨年末にデザイン募集の案内がありましたので、参加させてもらうことにしました。
お題はオシレータにすることにしました。自分でデザインしたチップからRF信号が出せたら、なんとも面白そうです。VHF帯あたりであれば、短いリード線を付けてやれば、放射される信号を受信機で捉えることができるはずです。ついでにVCOにすることにして、変調もさせてみたいところです。
チップはCMOSなので基本はゲート回路です。リングオシレータが最もシンプルな回路方式です。基本のリングオシレータはMakeLSIのサイトで解説されています。VCOにするためググって探してみたところ、回路はこんなのがありました。
(画像は https://jaco.ec.t.kanazawa-u.ac.jp/edu/islab2/vco.html から引用)
上にP-MOS,下にN-MOSのトランジスタが並んでいます。インバータを構成する中段のM1M2の上下に、電流を制御するM3M4が置かれています。インバータは5段ありますが、その前後が接続されリングになっています。そして左には、制御電圧入力VcからM3M4を制御する回路が付いています。
wgexというLSI CADを無償(要登録)で配布されましたので、これでレイアウトします。このツールはちょっとクセ(特に選択操作)がありましたが、慣れると意外と使い易いです。一応ちゃんとLSIの教科書を眺めてトランジスタの構造をふまえた上で、ツールに付属しているインバータ等のレイアウト例を触って理解しました。2μmのプロセスということで、基本そのマス目に従ってレイアウトしていきます。
上の図の回路をレイアウトしてみたのがこんな感じです。一つのトランジスタに複数のゲートが置けるのが面白いところです。制御用の配線が全トランジスタを貫いています。一段分のパターンを作り、そのセルを5つ並べました。リングになるよう前後をつなぎ、制御用の回路を左に付けました。
wgexは回路抽出が可能で、それをspiceでシミュレーションすることができます。LTspiceが無償で利用できるのでやってみました。OSX用のLTspiceもあります。
正直半信半疑でしたが、驚いたことにちゃんと発振動作するのです。
Vcに与える電圧を変化させて、シミュレーションを繰り返してみると、周波数が変化することも確認できました。Vc=5Vでおよそ100MHz, 4V 95MHz, 3V 80MHz, 2V 60MHz, 1V 10MHzという具合でした。実際のチップではこのとおりの周波数にはならないと思いますが、Vcで周波数が変化させられることは確認できました。
あとはこれに、外部の負荷で発振周波数が変化しないようにバッファを付けておきます。
もう一つ試してみたかったのが分周器です。PLLシンセサイザを作ったりするときに役立つかもしれません。教科書を眺めていると高速な分周回路として、下記が紹介されていましたので、これにチャレンジしてみます。
(RFマイクロエレクトロニクス 第2版 実践応用編 https://amzn.to/1D9LAUH pp326 から引用)
レイアウトしてみました。ゲートの長さに意味がある回路なのでその点に注意です。
さきほどと同様回路抽出して、シミュレーションしてみたところ、これもちゃんと動作します。入力は50MHzです。
高速な回路ということで500MHzにしてみたところ、これもなんとか動作するようです(あくまでシミュレーションですが)。
MakeLSIのサイトにある普通のT-FFは500MHzでは動作しませんでした。このチップではこのあたりに限界があるようです。
さきほどのリングオシレータと、バッファ、そしてこの分周器を並べて全体のレイアウトとしました。アドバイスに従いサイズを統一してみたので、綺麗に並びます。出力はオシレータそのままと分周出力の2つですので、バッファも二つあります。サイズは360μm x 85μm程度です。
実際の製造は8月に行うとのことです。果たしてうまく動くのか楽しみです。周波数がうまく80MHz付近にあわせられれば、FMラジオで受信できるかもしれません。FM変調かけてワイヤレスマイクくらいは作れるかもしれません。
実はもうひとつLC発振器タイプのVCOも作ってみました。RF半導体のチップ写真で見かけるスパイラルインダクタを作ってみたかったのです。結構面積を喰うのと、チップの速度的に難しいかなと思っていたのですが、駄目元でこれも載せてもらいました。サイズは730μmx840μmくらいです。こちらはうまく動かせたら解説を載せたいと思います。
チップ上には、この他オペアンプや1-bit CPU、エフェクタなども搭載されるようです。それらの機能も合わせて、システムっぽく動かせたら面白いかなと考えています。
今回やってみて思ったのですが、LSIデザインの参考になる教科書が充実していることです。日本語の書籍が何冊もあります。今回特に参考にした、RFマイクロエレクトロニクスという教科書は、LSIの教科書ではあるのですが、送受信機や発振器の構成について広くカバーしており、パワーアンプのアーキテクチャもプリディストーションやポーラ変調などさまざまなトピックがあり、LSI以外にも参考になることが解説されていました。ご興味のある方は一読お勧めします(https://amzn.to/1D9LAUH)。
最後に告知ですが、Maker Faire Tokyo 2015が今週8/1~2に開催されますが、MakeLSIも出展しています。是非ご覧ください。私も遊びに行く予定です。
リンク
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MakeLSI公式ページ https://ifdl.jp/make_lsi/
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Facebookページ https://www.facebook.com/makelsi
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StdCellやテンプレートなどがgithubにあります https://github.com/akita11/mklsi
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WGexによるリングオシレータの作り方 https://ifdl.jp/make_lsi/index.php?WGex%A4%CE%BB%C8%A4%A4%CA%FD%2F%A5%EA%A5%F3%A5%B0%A5%AA%A5%B7%A5%EC%A1%BC%A5%BF
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VCOの参考にしたページ。この他にもいくつか参考にしています。https://jaco.ec.t.kanazawa-u.ac.jp/edu/islab2/vco.html
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RFマイクロエレクトロニクス 第2版 実践応用編 https://amzn.to/1D9LAUH